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BUMP OF CHICKENとめうめう

BUMP OF CHICKEN 歌詞解釈とか創作、趣味についてのブログです。

BUMP OF CHICKEN 真っ赤な空を見ただろうか 歌詞解釈

かなり久々の更新になってしまいました。
私がブログの更新を忘れている間にブログにコメントをして下さった方がいらっしゃって、そのコメントがとても嬉しいものだったので新しい記事を書く気力が湧いてきました。
本当にありがとうございます!

今回は私がバンプを聴き始めた頃にハマった「真っ赤な空を見ただろうか」の解釈をしたいと思います。
サビのメロディと歌詞がものすごく好きなんですよねこの曲⋯。
バンプを知らない方に
「オススメある?」
と聞かれたら間違いなく推すであろう一曲です(笑)



「溜め息の訳を聞いてみても 自分のじゃないから解らない
だからせめて知りたがる 解らないくせに聞きたがる」

まずここでは二人の人間が出てきます。この唄を歌う主人公と「あいつ」と呼ばれている人ですね。
この二人を僕と君としますね。

他人のつらさや苦しみはその人にしか解らないものですよね。どんなに想像力を働かせてみても完全に解る、という事は多分無いでしょう。

僕も君の悩み苦しみの片鱗に触れ、溜め息の訳を聞いてみますが完全に理解する事は出来ません。

しかしだからこそ僕は溜め息の訳を聞くのかなと。
全てを理解する事は出来なくても理解出来ないからと言って目を逸らしたくない!君がどんな気持ちでいるのかを知り、共有したい!という心情なのかな。


「あいつの痛みはあいつのもの 分けて貰う手段が解らない
だけど 力になりたがる こいつの痛みも こいつのもの」

君の痛みは君のものでありその痛みを共有する手段が僕には解りません。けれど少しでも君の力になりたくて、君の話を聞くことで君を理解し、君の痛みを知ろうとします。

しかしながら君を理解しようと必死になっている僕、その僕の痛みも僕にしか分からないものなんだよと歌っています。


「ふたりがひとつだったなら 同じ鞄を背負えただろう
ふたりがひとつだったなら 別れの日など来ないだろう」

ふたりがひとつだったなら=同一人物だったならという事でしょう。
二人が同じ人なら同じ思い出、同じ記憶を共有出来たし別れの日など来なかっただろうと言っています。
裏を返せば、僕達はお互い知らない部分があるから完全に理解し合う事は出来ないし、いつかは別れの日が来るという事でしょう。


「言葉ばかり必死になって やっと幾つか覚えたのに
ただ一度の微笑みが あんなに上手に喋るとは」

君にどんな言葉を掛ければ負担が軽くなるだろうか、僕は必死に考え、慰めの言葉をいくつか見つけました。
そんな折に君が見せた笑顔に僕は
「言葉なんかなくてもこんなに伝わってくるものがあるんだ。」
と気づきます。

微笑みからは君の僕へ対する感謝や気遣い、いわゆる優しさが感じ取れたのかもしれないですね。違うかもしれませんが⋯。


「いろんな世界を覗く度に いろんな事が恥ずかしくなった
子供のままじゃ みっともないからと爪先で立つ 本当のガキだ」

ここで場面が変わります。何となく一番は過去の回想だったのかなと考えています。
夕焼け空を見て君を思い出した僕が過去に思いを馳せているように感じました。

二番は今現在の僕の様子を歌っているのでしょう。

色んな世界を覗く=色々な経験をし、大人になっていく、という事ですかね。
大人になっていく中で僕は自分の子供っぽさを恥ずかしいと感じ背伸びをして生きようとします。
けれど背伸びをして無理して生きている事が逆にガキっぽいなぁとも感じているようです。


「夕焼け空 きれいだと思う心を どうか殺さないで
そんな心 馬鹿正直に 話すことを馬鹿にしないで」

夕焼け空を綺麗だと思う心=純粋な少年のような心だと考えました。

先ほどの歌詞で僕は子供のままじゃみっともないと純真な心を隠そうとします。
しかしながら夕焼け空を見た事がきっかけで、僕は今まで子供の心を隠そうとしてきたことがそもそも子供っぽかったと思い至ります。

そしてそういう気持ちを無くさないで、それから子供の心を持ち馬鹿正直に話すことを馬鹿にしないで(周りの大人達にも子供の心を無くさないでと言っているのかな?)と歌っています。


「ひとりがふたつだったから 見られる怖さが生まれたよ
ひとりがふたつだったから 見つめる強さも生まれるよ」

ここは解釈に悩みましたね。

バンプがよくやる「二人の自分の対話」みたいなやつかなとも思ったんですけどなんだか唐突すぎる気がしなくもない⋯。
かと言って君と僕の事を表している!と言われても何だかしっくり来なくて⋯。

まあ結局前者かなーって感じで解釈しました。
僕の純真な部分(子供の心)とそれを隠そうとする僕の対話かなと。(子供僕と大人僕とします。)

先ほどの歌詞で
「夕焼け空 きれいだと思う心を どうか殺さないで」
ってあったと思うんですけどこれは子供僕が大人僕に対して言ってるんだと思います。

きっと大人僕が子供僕を拒絶した時からずっと子供僕は大人僕に対して語りかけていたんだと思います。
けれど無理して背伸びしている自分を見られるのも、子供僕と向き合うのも怖かった僕はそれに耳を傾けずに来たのだ、と解釈しました。


「理屈ばかり こねまわして すっかり冷めた胸の奥が
ただ一度の微笑みで こんなに見事に燃えるとは」

ここで微笑みという言葉が再度出てきますが二番の歌詞では君が僕の近くに居るようには思えないんですよね。
少し考えたのですが、後に出てくる「僕の好きな微笑みを 重ねて浮かべた夕焼け空」という歌詞から微笑み=夕焼け空と取ってもいいのかなと。

大人になっていくにつれて子供僕から離れ拒絶していった大人僕でしたが夕焼け空を見て君の笑顔、優しさを思い出したことにより、子供僕と向き合い、そして受け入れられるようになったのだと思います。


「ふたりがひとつだったなら 出会う日など来なかっただろう」

君と僕が同一人物だったなら別れがない代わりに出会いもなかった、君と出会えてよかったという事でしょうか。


「大切な人に唄いたい 聴こえているのかも解らない
だからせめて続けたい 続ける意味さえ解らない」

大切な人とは君のことだと思います。
君のために唄いたい。君に届くかは解らないけれど。
だからせめて唄い続けたい。続ける意味があるのかも解らないけれど。

ここは僕から君への色んな思いが溢れ出している場面のような気がします。

君への感謝や愛着などが溢れ出して唄になる、僕と君の間にはもう別れが訪れているので君にその唄が届くかは解らない、唄い続けることに意味があるかも解らないけれど、それでも子供の心を思い出させてくれた君を想って唄い続けたい。みたいな感じですかね。(これは完全に私の脳内補完ですが⋯。)


「一人で見た 真っ赤な空 君もどこかで見ただろうか
僕の好きな微笑みを 重ねて浮かべた夕焼け空」

僕が一人で見ている夕焼け空を君もどこかで見ただろうか。
ここも真っ赤な空を笑顔のメタファーとして捉えると
「君が僕に笑顔(優しさ)をくれたように僕も君に笑顔をあげられていたかな」
となるのかなと。


「ただ一度の微笑みに こんなに勇気を貰うとは
ここまで喉が震えるとは」

君がくれたただ一度の微笑みは僕にとって自分でも驚くほど強烈な影響を与えているようです。(まあそうでなければ子供の心と向き合う原動力は与えられないですよね。)
君がくれた無意識の優しさがどれほど僕の救いになっているかという事を表している一節なのかなと思いました。


言葉がなくても本当にその人を思った行動をすれば相手にも伝わっていると私は思います。
きっと君の笑顔が僕の救いになっているように、僕が君のためを思ってしていた事はちゃんと君に届いてると思います。(そうあって欲しいという願望)

今回はこの辺りで終わりにしたいと思います。
読んでくださった方、本当にありがとうございました!



涙のふるさと

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